仕事や趣味、「何かしたい!」と思ったことに対して、自分の最大のパフォーマンスがいつも発揮できたら夢のようじゃありませんか?

そんなことって、そもそも可能なんでしょうか?
もし可能だとしたら、一体それはどういった方法なのでしょうか?

もっと訓練すること?
もっと努力すること?
もっと忍耐力を身につけること?

でもコレって、しんどくて途中でやる気が萎えてしまいそう・・・。

実は、人間行動学的には、自分の最大値パフォーマンスが発揮されている状態は「自分が本当にやりたいことをしているとき」なんですって。

それなら、自分の最大値パフォーマンスを引き出す「自分が本当にやりたいこと」を知りたくなりますよね。

安心してください。この記事ではそんなお話をお伝えしていき居ます!

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意識の階層

人間の意識は無数の階層構造になっていて、それぞれの階層において「自分のやりたいこと」や「自分のなりたいイメージ」があるんですねー。

例えば、こんな感じです。

暑くてアイスクリームが食べたくなったり、仕事で疲れて甘いケーキが食べたくなったりする人がいるとします。その人の名前を「マンプクさん」としましょう。これはアイスクリームや甘いケーキを食べたいという欲求、これはマンプクさんの「本当の望み」と言えるでしょうか?

暑くて体を冷やしたいからアイスクリームが食べたい、仕事で疲れて糖分を補給したいからケーキが欲しい、それは生体反応として普通かもしれません。けれど、マンプクさんは本当は「健康的な体を維持し、美しいスタイルを保ちたい」と思っているとしたら、アイスクリームやケーキを食べたることが、本当にマンプクさんの望みとは言い難いですよね。

アイスクリームや甘いケーキとは違うもっと健康的な方法で体を冷やしたり糖分を補給したりした方がマンプクさんの「健康的な体を維持し、美しいスタイルを保ちたい」という望みが叶えられるようになります。

この例では「アイスクリームや甘いケーキを食べたい」が意識の低い階層の欲求で、「健康で美しいスタイルを維持したい」が意識のより高い階層の欲求です。

では、低い階層の欲求を満たそうとする生き方をしていると、どうなると思いますか?

小さな欲求を満たしては小さな満足感を得て、その後、虚無感を感じる、というサイクルに陥ります。アイスクリームや甘いケーキを食べている瞬間は幸せかもしれませんが、食べ終わったら、口寂しくなります。

食べ物に限らず、人生で追い求めていくものも、低次元の望みに目が眩んでいると、周囲の風潮に惑わされてはあっちへフラフラ「でも、なんか違う気がする」と違和感を感じては違う方向へ足を向けることになります。人生の迷子になってしまいかねません

欲求とは何か?

欲求とは、いわばゴールのようなものです。

マラソンなどでゴールに辿りつくと嬉しいものですよね。「目標を達成した」という充実感、或いは「休める」という安堵感があります。でも、その後はどうでしょう?

スポーツ選手なら、きっと、その興奮が覚めた後、さらに難しいゴールを設定することになるでしょう。こうして強いスポーツ選手は「日本1」「アジア1」「世界1」「オリンピック金メダル」と設定するゴールがどんどんレベルアップしていくのはご存知のとおりです。

ゴールにたどり着くことが難しければ難しいほど、本人の達成感は大きく、周囲からの称賛も大きくなります。

けれど、実は達成できるゴールで人の心が一生分満足することはないのです。

ゴールを達成した瞬間は様々なホルモンが分泌され、幸福感に浸ることができますが、その興奮が覚めると、幸福感は引き潮のように遠ざかっていってしまいます。

周囲の称賛の的もまた、別のタイムリーな出来事へと移り変わっていきます。そのため、宙ぶらりんな虚無感が残るのみとなります。

では、一生分の幸せはどうやって見つければいいのでしょうか?

幸せはどうやって見つければいいのか?

幸せとは「ゴールに達成することで感じられる」のではなく「ゴールを達成する過程」に存在します。

分かりやすい例が旅行です。多くの人がこう言います。「旅行は準備しているときが一番楽しい」いざ目的地に来ると「ああ、来ちゃった」となって、そして後は帰るだけ。

そうでない場合、それは「旅行地に行って○○をする」という、さらなる目的がある場合です。ある「旅行地に行く」ことが夢だった場合、着いたら、そこで幸福感は完了してしまいます。けれど、その先に目的があれば「あ~着いた。さあ、いよいよ○○するぞ」となるのです。

では、一生を通して達成できないゴールはどこで見つけられると思いますか?

人生の幸福感を生み出す目標設定とは?

それは意識の深層にある規模の大きな、次元の高い欲求にあります。これを「使命」または「ミッション」と呼ぶ方もいらっしゃいます。

例えば、動物を相手にした仕事をしている人の中には「地球上のすべての動物の幸福を叶えること」が深層意識の欲求にあるかもしれません。科学者の中には「自然環境を保全し地球のエネルギー調和を創りだすこと」を望んでいる方もいらっしゃるかもしれません。医師の中には「人類のすべての病の根絶」を目指している方もいらっしゃるかもしれません。

このような規模の大きな欲求は、たった一人の人間の力や一生の間に成し遂げられる欲求とはいかないでしょう。けれど「成し遂げられるかどうか?」「人生に幸せを感じられるか?」とは全く別問題です。

「成し遂げられる」ものに感じる幸せには「終わり」があります。

「成し遂げる過程」に感じる幸せは「永遠」なのです。

次元の高い欲求とは、一人の人間の一生よりも大きな視点からみた欲求、多くの場合、人類の文明の発展地球や宇宙の調和とつながる規模の欲求となっています。

「そんな使命がはっきりしているのはマザー・テレサやジャンヌ・ダルクみたいな特別な人だけだよ」と思う方もいらっしゃるかもしれませんね。

実は、こういった規模の大きな高次の欲求はすべての人が持っているんですよ

もちろん、この記事をご覧になっているあなたにもあります。

ただ、これらの欲求は深層意識の中に隠れているため、自分一人ではなかなか気づきにくいんですよね。もちろん、顕在意識ではっきりと自覚している方もいらっしゃいますし、自覚しないまま生涯を終える方もいらっしゃいます。

自分の意識の深層にある、あなたの生命のエネルギー源となっている欲求が本当にあるとしたら、あなたは知りたいですか?それとも、知らなくてもいいですか?

誰でも自己対話を繰り返すことで、より高い次元の欲求へ迫ることができます。

方向性を間違うと怖い自己対話

ところで、自己対話というと「どうして今の現実になったんだろう?」という「現状の理由」を自分に問いかける方がとても多いようです。ところが、この「どうして?」は問題を解決して望みの人生へ現実を変えていくことができません。

シンプルな話、「どうして?」という理由が分かったからといって、問題は解決しないんですよ。むしろ、問題を強化してしまう側面さえあります。「~(理由)だから、こういう問題があるのは当たり前」と、脳内で「問題が起こることの正当性を高めてしまう」からです。

「~という理由があるなら、こういう問題が起こって当たり前だよね」と思ったとき、解決の方向へエネルギーが湧いてきますか?(詳しくはこちらの記事をどうぞ。)

向かいませんよね。

「解決しよう!」「解決したい!」という気持ちが湧いてくるのは「問題がない未来の幸せ」「叶ったら嬉しい望み」が明確にイメージできるときです。

現在がどうしてこうなってしまったのか「原因さがし」に時間を費やすのはやめて「問題が解決したら何が得られるのか?」という問いかけにフォーカスすることによって、現実を理想の状態へ近づけるエネルギーを得ることができます。

ここで、大切なポイントがあります。

「○○を得たい」という一つの目的は、常に上位の目的(より深層にある意識の目的)を達成するための手段となっているということです。

ですから一つ目の目的が分かったら、そこで満足することなく、さらに「~すること(一つ目の目的)を通して、私は本当はどうしたいんだろう?」と問いかけを繰り返してみてください。

そうすることで、より高次の目的へ迫ることができ、自分の最大値パフォーマンスが引き出される「望みの人生」のイメージが明確に描けるようになっていきますよ。

 

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